語りなおしのプロセスとは

哲学者の鷲田清一さんが書いた文章を読んだ。
震災から3か月ということで書かれたものが朝日新聞の記事になっていた。

昨日みたいな気持ちになった時にも、なんだか納得できる内容で
特に気に入った所を抜粋して残しておこうと思う。


*****

 子に先立たれた人、回復不能な重い病に侵された人、事業に失敗した人、職を失った人……。かれらがそうした理不尽な事実、納得しがたい事実をまぎれもないこととして受け容(い)れるためには、自分をこれまで編んできた物語を別なかたちで語りなおさなければならない。人生においては、そういう語りなおしが幾度も強いられる。そこでは過去の記憶ですら、語りなおされざるをえない。その意味で、これまでのわたしから別のわたしへの移行は、文字どおり命懸けである。このたびの震災で、親や子をなくし、家や職を失った人びとは、こうした語りのゼロ点に、否応(いやおう)もなく差し戻された。

 こうした語りなおしのプロセスは、もちろん人それぞれに異なっている。そしてその物語は、その人みずからが語りきらなければならない。戦後六十数年経っても、戦争で受けた傷、大切なだれかに死なれた事実をまだ受け容れられていない人がいるように、語りなおしのプロセスは、とてつもなく長いものになるかもしれない。

 語りなおしは苦しいプロセスである。そもそも人はほんとうに苦しいときは押し黙る。記憶を反芻(はんすう)することで、傷にさらに塩をまぶすようなことはしたくないからだ。あの人が逝って自分が生き残ったのはなぜか、そういう問いにはたぶん答えがないと知っているから、つい問いを抑え込んでしまう。だれかの前でようやっと口を開いても、体験していない人に言ってもわかるはずがないと口ごもってしまうし、こんな言葉でちゃんと伝わっているのだろうかと、一語一語、感触を確かめながらしか話せないから、語りは往々にして途切れがちになる……。

 語りなおすというのは、自分の苦しみへの関係を変えようとすることだ。だから当事者みずからが語りきらねばならない。が、これはひどく苦しい過程なので、できればよき聞き役が要る。マラソンの伴走者のような。

 けれども、語りなおしは沈黙をはさんで訥々(とつとつ)としかなされないために、聴く者はひたすら待つということに耐えられず、つい言葉を迎えにゆく。「あなたが言いたいのはこういうことじゃないの?」と。言葉を呑み込みかけているときに、すらすらとした言葉を向けられれば、だれしもそれに飛びついてしまう。他人がかわりに編むその物語が一条の光のように感じられてそれに乗る。自分でとぎれとぎれに言葉を紡ぎだす苦しい時をまたぎ越して。こうして、みずから語りきるはずのそのプロセスが横取りされてしまう。言葉がこぼれ落ちるのを待ち、しかと受け取るはずの者の、その前のめりの聴き方が、やっと出かけた言葉を逸(そ)らせてしまうのだ。聴くというのは、思うほどたやすいことではない。

*2011.6.11朝日新聞朝刊 一部抜粋

全体を書き写したと思われるものがこちらにありました。
[PR]
# by reeelax | 2011-06-14 09:38 | 覚えておきたいこと | Comments(0)

心の中

今日は仕事があったのだが
なんだか冴えない気分だった。

ホルモン治療のせいなのか
一連の治療で体力が落ちた疲れのせいなのか
病気のことで必要以上に被害妄想的な感じになっているのか
少しのことでいらいらとしてしまい
ふつふつと湧いてくるネガティブな感情を抑えて
淡々と業務を行うことがとても難しく感じる一日だった。

毎日、パーフェクトな内容の生活なんてありえなくて
たまには仕事で落ち込むこともありなのだから
こういう日もあっていいのだけれど。

何かの拍子に、
上手く行かないことのすべてを
病気になったせいだ・・・と思ってしまい
なんだかとてつもなく大事なものを「失ってしまった」ように感じ
悔しくて悔しくて仕方がなくなる。

それからそんな自分が情けなくもなる。
涙もちょっと出る。

治療も効果があって
手術もうまく行った。
髪の毛も戻ってきて
痛い所なんてどこもない。
応援してくれる家族も大事な人もいて
家は暖かく、食べるものも心配しなくていい。
職もあり、買い物を楽しむ余裕もある。

以前の自分が一度はあきらめた生活を送っているというのに
何をそんなに悔しがっているのだろう私は。
どうして悔しいと思ってしまうのだろうこんなに強く。

わからない。

わからないけど、やっぱり健康な人の世界に戻れば
あくまでアシスタント的な立場の自分が
単純に面白くないんだろう。
ああ、ふてくされてるのか。。。
いったい私、いくつだ。
どこまで過剰な自意識なんだろう。
恰好悪い・・・


一度お金持ちの生活を経験してしまうと
収入が下がっても生活のレベルを落とすことができない
という例えを聞いたことがあるけれど
なんだかそれに似ているのかもなあと苦笑いする。


病気を経験した自分は、違う価値観で生きていくんだーと思っているのに
それを表沙汰にするつもりなく社会生活を送ろうとしているから
やっぱりギャップが苦しいのかもしれない。


いらいらした気持ちを抱える自分を知って
「やっぱり正社員に挑戦するべきだったのかな?」という迷いと
「こんな小さなことでいらいらしちゃうのが今の自分なら、正社員はやっぱり無理かも」」
という思いが
頭の中でぐるぐると回った。


まあ今日は、きっと疲れているんだ。
こういう時は、熱いシャワーを浴びて
ふかふかのベッドで
ゆっくり休むに限る。

焦るな自分。完璧じゃなくていいと、自分に言い聞かせよう。
[PR]
# by reeelax | 2011-06-14 00:09 | 治療後②アルバイト | Comments(2)

新しい仕事

治療後、1年ほど続けたアルバイトを辞めることにした。

入れ替わりのように、別の仕事が見つかった。幸運だった。
仕事が決まらなければこの夏はのんびりしようと思っていたけれど
今までの経験を買ってくれた方があり
パートタイムだけれど、より規則的な出勤になる。

アルバイトを辞めたあとは
フルタイムの仕事に戻ることも考えて、面接を受けに行ったりもした。
でも、どうしても気持ちが上がらないことに気付いた。

働くことについて「フルタイム」か「パートタイム」なのかという選択肢に
とまどっているような自分もいて随分迷った。
何というか、どうせある程度働かなくてはならないのなら
フルタイムの方が責任も、待遇も勝る。
今なら、履歴書に「穴」が空いていないので
あまり怪しまれずにフルタイムに戻り、いわゆるキャリアをもう一度積み上げることができる。
年齢的にも、中堅どころとしてぎりぎり見てもらえる。
そうアドバイスをくれた方もいた。

でも、なんだか今は、「ちょっとがんばる」をしない選択をしたら
どうなるのかなあと思ってしまった。

暑いさなかに、ビジネス仕様のいでたちでホットフラッシュを我慢するような瞬間や
術側の手でパソコンを持ち歩いて移動すること
そんなことが今の私にはまだしんどい。「小さなこと」と片付けられない。

職場での地位?や、周りからの評価や、充実感は確かに私の大切な一部だったけれど
それよりも、明日のプレゼンにハラハラしながら寝付かれない夜を過ごしたり
疲れて帰って来ても出張の荷造りをして、成田エクスプレスにダッシュするような
アドレナリンいっぱいの日常より
今は穏やかな繰り返しの日々に身を置きたかった。
結局それが私の正直な全てだった。

ラッシュアワーを避けた通勤、
まだ体力が残っている内に寄り道しながらゆっくり帰る。
おかずを買って、夕食をつくって、ゆっくりお風呂に入って寝る。
待遇は保障されていないけど、休みは保障されていて
電話やメールに追いかけられることもない。
頼まれる仕事は簡単すぎず難しすぎず、
自分のちっぽけな専門も生かすことができて、
勉強のしがいもあるし有難いことだと思う。
職場の方も年齢が近く、落ち着いた雰囲気なので
前の職場で年の離れた若い方たちの中にいたときより
自分らしくいられる気がした。

今回の選択は、災害があったことも関係しているかもしれない。
病気だけでなく、色々な理由で人生に影響を受けてしまうんだと
改めて思った。
だったら、面白そうと思うことをやってみようと思った。
変な話、もし病気にならなかったら、待遇が不安定なことなどがネックになって
絶対に選択しなかっただろう道だから。

病気で軌道がぶれたからと言って
元の道に戻るだけが、正しい進み方ではないはず。
今までだって、ここでそう書いていたこともあったけど
今回初めてそれを実感できたかもしれない。
自分にとっての、いちばん心地よいやり方がこれなんだなあと思う。

部屋の、開け放した窓から
あまり上手でないバイオリンが聞こえてくる。
自分もいつか練習したその曲に
子供用の小さなバイオリンを思い出す。
友達の妹のものだったけど本当におもちゃのようだったなと懐かしい気持ちになった。
64分の1、だったかな?
ゆらゆらと薄いカーテンが風になびいて
梅雨時の空が白っぽい。

今の私には、こういう時間がたくさん必要。
今はゆっくりと生きて、その中で出会うことを大切にしていこう。
[PR]
# by reeelax | 2011-06-07 13:23 | 治療後②アルバイト | Comments(6)

歯医者通い

知覚過敏が進行してしまい、
歯医者さんに行ったら
いろいろ治すところを見つけられてしまって
思い切って一気に治すことにした。

抗がん剤と虫歯の関係はちょっと気になっていて・・・
化学療法中の感染症
http://www.gsic.jp/measure/me_03/01/02.html

あまりネガティブになりたくはないが
ここは私のブログだから書くけれども
もしも再発して、抗がん剤での治療を再開するということになったら
またしばらく歯医者は避けたい気持ちになるだろうと思ってしまった。

古いつめものを取り替えたり、
知覚過敏用の薬を塗ってもらったり
何度も歯医者さんへ通うのは面倒だけれど気分はいい。

歯医者さんへの道のりには
大きな庭のお宅があり、色とりどりの小さな花々がナチュラルガーデン風に植えてある横を
通って行く。
背の高いバラの木もあって、柔らかいパステルピンクの大きなバラがたくさん咲いている。
これがちょっとした楽しみだった。
今はベランダガーデンはお休みにしているから。
手入れをしている人の姿を見たことはないけれど
どんな人なんだろう。

親知らずを抜いたりもしたので
痛みで遠出をする気にもあまりなれなく
もともと計画していたことはそれほど達成できなかったけれど
体のケアを優先できた自分、これはこれでよしとしようかな。
[PR]
# by reeelax | 2011-06-02 12:36 | 日々のこと | Comments(6)

検診結果と

2年検診の結果はクリアだった。

骨シンチ
レントゲン
マンモ
エコー
血液検査(含 腫瘍マーカ)

待っている間は緊張が続いていたけれど
それを聞いてほっとした。
また、一歩前に進める。

だからと言って、いきなり全てに意欲的な人間に変わるわけでもなく
ちょっとした春物を買って
嬉しい気分を家に持ち帰った。
艶のあるリボン生地や、春らしいコットンのレースが使われた
軽いトップス。

小さな光がたくさんあつまった
ビーズのアクセサリーも買った。

これを身につけて、またゆっくり、自分の人生を歩いて行こう。
そんな気持ちだった。

2年検診が大丈夫だったことをきっかけにして、
アルバイトを辞めることにした。

正社員であれば、そんなに簡単にいかなない。
もっともらしい理由や、次の勤務先なんかをきっちり決め込んでから
次に動くわけだけれど。

およそ一年くらい前からのアルバイト、
始めたころは、体力的にもまったく自信がなくて
務まらなければ辞めるしかないという考えで始めた。

ぺたんこの靴を履いて、
通勤して、
おそろしくゆっくりと、その分丁寧に働いて
自分の意見などを持つ余裕や意欲もなく
ランチだけはちょっと贅沢してリラックスして、
そして何とかふんわりと場になじんで
大人しく1日過ごして
また電車に乗ってアイポッドで音楽を聴きながら帰る。
それで精一杯だったけど、
夜、疲れて眠るときには幸せで心がぽっと温かく満たされた。

それから一年
最近はおこがましくも物足りないようなそんな気持ちになっていた。
正社員へのお誘いも、何度かいただいた。
この厳しい経済状況の中、本当にありがたいことだったけれど
だからこそ、ちゃんと仕切りなおして
新しいステップに踏み出した方がいいのかなあと考えるようになった。

以前に勤めていた会社から話があったことも
この間ブログに書いたけれど
その後も、何度か、別のプロジェクトが立ち上がる度に声をかけていただいた。
(もちろん、待遇は以前とは違うし、
顔見知りの中で働く安心感と共に、なんと言うか恥ずかしさのようなものと
背中合わせだという現実もある。)

本当に、自分は幸運だと思ったし、
忘れずにいてくれた元同僚や上司たちに感謝の気持ちもあったけれど
何も考えずに、用意された場所に流れてしまって本当に良いのかと迷い
どうしてもお誘いを受けられなかった。

今までの職歴を評価してもらったり、
職場でのがんばりを評価してもらったりしたことに対しては
本当に嬉しかった。
どんな形でも、何か認めてもらうというのは元気が出る。

それは確かだけれども、
治療を受けて、色々、色々考えることがあって
今の私の新しい価値観がある。
身軽な私だからこそ、新しい自分にあった生き方を
もうちょっと探してみてもいいんじゃないかという気持ちの方が強かった。

それが許されている環境があるのだから、今くらい、それに甘えて。
何というか、命が終わる時に、
「私、妥協しなかったな、面白かった。」
って言えるように、少し勇気を出そうと思ったのだ。そう。勇気。
私はとにかく慎重派だと友達に笑われて来たのだけど、
それは勇気がないということだと自分では分かっていた。
長い人生を生きるにはそういう慎重さも結構大事だと思っていたけれど
今となっては何が起こるかわからないし、突然その時が来るんだと、思っているから。

だから、先が決まっていなくても、アルバイト先を辞めるという
くだらないけれど
今までの私なら絶対にやらないことを、一度やってみることにした。
前の仕事から離れて、随分経っているので、全てがゼロになった気がしていたのだけど
再び声をかけてもらったことで、
ある一定のプロとして見てもらえる実績が、
私にはあるんだったのかなと見直すきっかけをもらえた。

ここから先は少し出来すぎているのだけれど
本当に辞めるということになったら
全然別の所から、仕事の声がかかったり
思いがけない新しい選択肢の情報を得て、考えるきっかけになったりして
この2、3日ばたばたと動き出して、
思わず目を閉じて「良かった」と息をついた。
必死になりすぎず、この新しい波に乗りたいと思う。
以前の価値観じゃなく、新しい価値観で生きていけるような何かを掴みたい。

同じ病気の方の生き方について
私が得る情報の限りなのだけれど
既にご家庭があったり、子育て真っ最中だったりと
ある程度決まった環境がある方が多く、
治療が追わればそこに戻って行くようなことが多い印象を受ける。
また、ある程度早期に仕事に戻る方は
やはり抗がん剤の治療が私より短期間で、薬剤もライトな方が
多い傾向があると感じた。気のせいかもしれないけど。

私はそのどちらでもないから
これから、ちゃんと作っていかなくちゃ。
ここで、ずっと社会に出ず、静かな生き方を選ぶ人も居るだろうと思う。
ただ私は、何かの形で仕事による充実感と、対価を得たい。
ちゃんと探そう。
用意された道じゃなく、自分で好きだと思う道をもうちょっと探してみよう。

まだ、あきらめない。
[PR]
# by reeelax | 2011-05-11 13:18 | 術後検査のこと | Comments(18)

34歳 シングル 始まりは乳がんstageⅢC。術前化学療法・部分切除・放射線治療・術後ハーセプチンまで終了。現在ホルモン療法中。自分の心と体を大事な友人のように扱いながら治療の日々を過ごしてきました。


by reeelax
プロフィールを見る
画像一覧