ついに術後5年 元気です

ご無沙汰しております。

今年も術後検査を行いました。
と言っても超音波と血液検査のみですが、問題なしということでした。

お腹への注射は特に大きな所定の回数を無事に終え、
現在はタスオミンのみを服用しているだけの毎日なので
達成感のようなものはあまりなく
何か脱力感にも似た軽い安堵を覚えました。

タスオミンは結局術後7年飲んだ方が良いというデータがあるということで
先生と相談して、やはりあと2年飲むことに決めました。
また、生理も結局戻っていません。
病気のことを考えたらどちらも悪い事ではないでしょう。
ただ、このことが、やはり自分の気持ちに影響をしているのだと思います。

人間の気持ちと言うのは、すぐ贅沢に慣れてしまうものなんだなあと
苦笑してしまいます。
体力も、見た目も、治療前とほぼ変わらないくらいに回復して
自分のしたいことが何でもできる状態に戻ってしまうと
マイナスの部分をクローズアップして、残念に思ってしまう。

今、自分がここにいること自体が、本当にありがたいことのはずだったのに。
心のバランスがこの1年で変わって来ていることにあらためて気づきます。

でも、もしかしたらそれが生きて時間を重ねるということなのかもしれませんね。

具体的な体の状態としては、
まず胸の傷とわきの下のリンパを取った傷ですが、これははじめからほぼ目立たず
温泉にもプールにも行っています。
放射線をあてた皮膚ですが、外見上は何も変わったところがありません。
温存手術をした乳房ですが、よくよく見れば自分では、術側の右が多少小さいかなと思いますが
元々左側は心臓のせいで大きいと聞いたことがありますし
ブラのカップも同じです。
右腕のむくみについては、とくに大きな違和感などはなかったので、
術後4年を過ぎたころから右手でも荷物を持ったりするようになっていました。
しかし今年の5月から6月にかけて、スマホやPCのやりすぎなのかむくみとだるさと痛みを感じたため
慌ててリンパドレナージュを復活させ、右手では重い物は持たない方向で生活しています。

体調はそんなところです。

目標としていた術後5年が過ぎたこと、あまり実感がありません。
これからも自分らしくいられたらという気持ちでいっぱいです。
幸せって、なんでしょうね。
この病気との出会いで、自分が幸せの基準として置いていたものが崩れてしまって、
新しく立て直すのは簡単ではないなとも思いますが、
いつか自信を持って、自分の人生幸せだった!と言い切れるように
時間を使って行きたいですね。

最近私が感じていることなど、もう少し書けたらと思いますが
一旦ここまでで記録として残しておきたいと思います。
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# by reeelax | 2014-07-10 11:40 | 病気のこと

術後もうすぐ4年、元気です

ご無沙汰しています。

もうすぐ術後4年経ちますが
私は、かわりありません。

その一言が入力できること、本当に嬉しいです。

タスオミンを毎日飲んで、
3か月に一度、お腹に注射。
この治療のため、生理は止まっています。

でも血液やエコーやレントゲンや、色々な数値には問題なし。

髪の毛も、随分伸びて。
カラーリングをして、ゆるく巻いて。

増えてしまった体重もウォーキングで落として、
昔の服もまた着られるようになりました。

術後3年の記事に書いたように
「生き直している」という感覚を強く持った1年間でした。
旅行、音楽、仕事、新しい友達。
映画にネイルに美術館、おいしいランチの食べ歩き。
トレンドの色を取り入れたワンピースに、ちょっとしたヒールを履いてももう脚はしびれない。
もう2度とないと思っていた、徹夜での夜遊びはなんだか感慨深くすらあって。
色々なことに心を開き、楽しいという気持ちをたくさん味わいました。
そうだった、私、こんなことが大好きだったんだ、と思う事の全て。

仕事は、思うところあり、やはりまだフルタイムには戻っていません。
体力は回復したけれど、この先いつまた治療生活が始まるのかわからない
その気持ちがどうしても消せないので、楽しむことを優先したくなりました。
今だからはっきり認められるのかもしれませんが
ステージ3に対抗するためのハードな抗がん剤治療は、私の心に傷を残しています。
具合の悪さ、容貌の変化、髪の毛の喪失。
私は情報も集めて、ひたすら前を向いて、勇敢だったと思います。でも、やっぱり大きな体験です。
病院での患者としての立場にいきなり放り込まれた形の体験も、衝撃的で、傷になっていると思います。

できればもう2度と。
でももし2度目があるならば、今思いっきり楽しんでおきたい。悔いを残したくない。
そんな気持ちがこの1年間の私の行動の裏に隠れていた気がします。

正直、時間がかかっていると思います。
でも、仕方がない。それが私だもの。

仕事に関しては、正直心が揺れることはもちろんあります。
今すぐフルタイムに戻った方がいいのかなと常に思っています。
40代になったらなかなか仕事は見つからないのではと不安にも思います。
元同期や同級生が責任ある仕事をこなしているのを風の噂で耳にすると、
いつまでも心の傷とか言ってのんびりしている自分が不甲斐なく感じることもあります。

でも。
なんだかあきらめたくないな、と思ったんです。
元の場所に戻っても、なんだか無理を重ねるばかりの自分が浮かぶなと思いました。
仕事の内容としては、今の方が楽しんでいる。自分に合っている気がするんです。
収入も立場も、くらべものにならないけれど。
だからここで、少し専門を深めよう、と考えるようになりました。

今月から、アルバイトと、学生をかけもちすることにしました。

また、新しいスタートです。

誰かに劣等感を感じることなく、自分らしい幸せを手に入れたい。
私は私で、幸せ、そう思えるような毎日を、今年も進んで行きたいと思っています。
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# by reeelax | 2013-04-09 12:36 | 病気のこと

かわらずに

随分ご無沙汰していましたが
私の体調に特に変化はありません。

ステージIIIからのスタートだったけれど
術後3年の検査はパス。
毎日のタスオミンは1錠ずつ。
そして3か月に1度のリュープリン。
傷口の痛みなども軽減して、ソフトブラと並行しながら、
ワイヤー入りのブラジャーも使い出した。

ここ半年くらいで、体力がぐんと戻って来たことを感じている。
抗がん剤が体から全部抜けたのかなあ、とか細胞が生まれ変わったのかな?など感じるくらい。
長時間立って移動もある程度大丈夫になり、
大きな音も聴けるようになりました。
先日はオールスタンディングのライブまで見に行った程。

抗がん剤の副作用だと思うのですが、治療中の私は大きな音を聴くと鼓膜がつらく、
低いボリュームでクラシックかボッサを聴いていて。
でももともとはダンスミュージックなども、元気が出るので好きだったのです。
先日ふとした時にクラブイベントのようなものに参加したら
思いのほか心地よく、鼓膜も大丈夫。そのことではっとして、
以前に好きだった音楽を聴き直すようになりました。

そういうことひとつでも、今は、生き直しているような感覚があります。

洋服も、手術直後は手がうまく使えなかったり、
ホルモン療法のせいなのか、家でじっとしていたからか
随分体重が増えてしまい、昔の服は着られなくなっていた。

それを今、少しずつもとに戻そうと努力しています。
朝、少しのヨガとウォーキング。湯船でしっかり汗をかいて。

そうやって生き直そうとしている自分がいる。

まだまだ、疲れやすいし、できないこともたくさんあるけれど、
新しい世界に飛び込んで行くことで
病気以後にできた新しい友人などと
気楽な時間を楽しんでいます。

再発への警戒は、まだ解いていません。
その分、刹那的かもしれないけれど、
目の前の楽しいことを精いっぱい楽しんでみて、
人生を味わいたいと思っているのです。
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# by reeelax | 2012-07-07 23:29 | 病気のこと

お昼

色々と、考えながらも
気分転換も大事だと思うようになっていて
ちょっとした移動時間にも面倒くさがらずに、音楽を聞いてみたり
短くてもいいから、文章を読む時間を取ったりして
すうっと心が落ち着く瞬間を感じると
よかったと思う。
やっぱり、リュープリンのせいなのか、気温の変化があるこの頃は
体温調節が全然うまく行かなくて
ちょっと体調がすぐれない。
だから余計に、気持ちの余裕だけでも持っていなくちゃと思う。



仕事にお弁当を持っていく習慣は続いていて
自分でも意外だったけれど
このまま行けそうな感じがしたのと
お昼は大事な気分転換の時間だからと
思い切って塗りのお弁当箱を買った。
深い赤のつやつやの、小判型のお弁当箱は
見ているだけで心をなごませてくれる。
簡単なおかずとふりかけごはんも、不思議とちょっといいものに見せてくれて
毎朝少しだけ自分が誇らしくなる。
職場に向かうモチベーションも随分違うことに気付いて
単純だなーと可笑しくなる。

お弁当をつつむハンカチは
以前、髪の毛が抜けたときにたくさん買ったバンダナの余りを使っている。
治療中は、結局お気に入りの何枚かができてしまって
残りは引き出しの奥にしまい込まれていた。

このハンカチを買ったときには、
こんなにのんびりとお弁当を食べている日が来るなんて想像できなかった。
どんなに前が見えないと思っていても、今ここに自分がいることを
しっかり感じて、今日を生きよう。

昨日観たドラマで、人生時計という言葉を久しぶりに聞いた。
人生を一日にたとえて、年齢を3で割ると、今自分は何時ごろなのかわかる。
今の私の年齢だと、人生時計は12時ちょっと過ぎ。
それはお弁当の時間。
午前と午後の合間の、休み時間。
自分で作った分だけひいきめに、おいしい、と思いながら
玉子焼きを頬張ったりして。
周りのことはちょっと忘れてもいい。

これから、お弁当の蓋を開ける度、思い出そう。
焦らなくて大丈夫。
私の人生も、まだお弁当の時間なのだから。
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# by reeelax | 2011-10-25 13:00 | 覚えておきたいこと

回復した日々に

リュープリンが始まって、
ホットフラッシュが復活した。
少しうごくと汗だくである。


このところ、治療が少し落ち着いてきたこともあって
ブログを書く機会が減ってしまった。

その理由は、日々の生活がだんだん活発になってきたことが一番大きい。

その一方で、自分の心の中に、漠然とある思いのようなものがあったのだけれど
どのように書けばいいのかよくわからず、
ついためらってしまうようになった。
今までは、なんでもほぼ殴り書きに近い状態であったのに、
今回はほんとうに漠然とした思いだったため、
目先の楽しいことに集中してあまり思い悩まずにいたようだ。

私は乳がんの初期治療の中では割と長期に渡る治療を受けてきた。
結果は、有難いことに本当に良いもので、まだ治療は続いているけれど
日常生活に不自由はないし、胸の変形もなく、着るものも支障がない。
治療の間に、見送った病友は割といた。
ほぼ同じ時期に、似たような治療を受けてきた何人かは、もうこの世界にはいない。
だから私は、今自分がここにいることを、とても貴重なことだと思っている。

それでも、ふとした時に思うのである。
やっぱり、治療生活では自尊心みたいなものが犠牲になったなあと。
自分の命があることを大切に思っている、と書いたことと矛盾しているかもしれないけれど
病院で患者として過ごす中で、私は傷ついてきたなあと思う。
きっとうまく整理して書けないだろうけれど、今日はとにかくここに書いてみようと思う。

たとえばそっけなく扱われること、
ドクターやナースは、仕事上どうしても感情を抑え気味の対応になるから。
もちろん全員がそうではないけれども。
なんだか自分が悪いことをしているような、無愛想な対応などを受けたりしたこともあったし
そうすると、自分で好んでがんになったわけではないのにどうして、と傷ついた。

単に私の人生経験が足りないだけなのかもしれないけれど。
仲の良い友人、人間関係もそこそこよい職場で過ごして来て、
皆で雰囲気よく何かに取り組んで行くことを決まり事のように思って来た。
丁寧なサービスを受けると心があたたかくなるから、
小さくても、心のこもったサービスをしてくれる店や店員さんを探すのが好きだった。
そういう人たちと、慣れ合いではない、心地の良いコミュニケーションを取ることを大切に思ってきたから
病院内のそっけなさは、心の弱っていた私にはきつかったようだ。

それから、患者さん同士のちょっとしたこと。
やはり、患者会も症状が似ている人同志で仲良くなることが多かったりする。
場所によっては、症状が進んでいると、遠ざけられてしまうことがあったりした。
みな、怖いのかもしれないし、それは仕方がないのかもしれないけど
そういうことも、傷ついた。
もちろんそういう場所だけではなく、いろんなことを相談しあえる仲間もたくさんできたけれど。

以前の職場関係者とはあまり連絡を取っていないことは前にも書いた。
病名を言いたくない、かわいそうと思われたくない、死を連想されたくない、と思ったから
新しい場所でアルバイトを始めた。
でもそこでも「なぜ?」と聞かれれば、適当なことを言ってのらくらとかわしてきた。
かわしてきたけれど、ストレスがたまる。
病気をして、私はきつい治療を受けてきたんです。
やっと回復してきたけどアルバイトで短時間働くのがやっとなんですよ。
そんなこと言えば、噂になるし、今後の仕事に偏見も生まれるだろうから、黙っている。
本当のことを言っていないことへの罪悪感だって、普段は感じないように図太くいるつもりだけど
ゼロではないのだ。
病気以前の、自分の積み上げてきた実績に直接つながる仕事をなぜしないのか、
とアルバイト先の人もいぶかしんでいるけれど、そういうのを気付かぬふりをすることも、小さな痛みを感じる。

結局、集約されるのは、病気のことを受け入れてはいるけれど
社会生活を送ろうと思えば、病気のことを隠さざるを得ない状況があるし
隠していると、キャリアダウンして、一体何やってるの?という周囲の目にすごく影響されてしまう。

はじめの方で書いた自尊心が傷つく、とは少し離れてしまったかもしれないけれど
自分で自分の価値をなかなか認めにくい状況になっているのは確かなのだ。

変な話、経歴コンプレックスがある(と噂に聞く)社員さんのアシストにつくと
露骨に意地悪をされることもある。
今まで私がいた環境では、考えられないような幼稚な仕打ちである。
そういう時はとても傷つく。
もちろん、私もそこそこいい年、そんなことをいちいち構っていたら進まないので
淡々と仕事をし、周りの同じような目に合っている同僚や心配してくれる先輩には正直に話してしまう。
それで仕事はまわっている。
でも本当は傷ついて、怒りさえ感じてしまう。
相手に対してもそうだけど、そういう立場で自分が働いているということを、悔しく思ってしまう自分がいる。

病気になって、その間に色々考えて、変えて、
告知からおよそ3年たった今、
以前より楽しんで生活ができている。

だけれども、闘病の間のショックや心の痛み、自尊心がぎゅっと小さくなってしまったことは
まだ残っているとはっきりわかる。

考えすぎかもしれない。自意識過剰だと笑われるかもしれない。
病気であってもなくても、人生はいいことばかりではないのだから。
でも、今はまだ、心の中に、傷が残っている。
傷は外から癒えていくというのは、本当なのかもしれない。
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# by reeelax | 2011-09-13 12:51 | 日々のこと

34歳 シングル 始まりは乳がんstageⅢC。術前化学療法・部分切除・放射線治療・術後ハーセプチンまで終了。現在ホルモン療法中。自分の心と体を大事な友人のように扱いながら治療の日々を過ごしてきました。


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