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生理が戻った(2年半を経て)

気が付けば、最近ホットフラッシュが随分楽になった。

体温調節が上手にできずに
ホットフラッシュと、その逆の寒さがあり
上着を着たり脱いだりめまぐるしかったのだが
その頻度が大分減り、一回の程度も軽くなっている。

タスオミン(ノルバデックスのジェネリック)を飲み続けて約2年。
体が薬に適応してきたのかなと思っていた。

そうしたらとても久しぶりに生理が来た。
はじめはただの軽い不正出血かと思っていたが、6日間ほど続く生理だった。
術前化学療法の時に1,2度来て以来2年半程止まっていから
もしかしたらもう戻って来ないのではないかと思っていて
まあそれでも別にいいかと思っていたのだけれど。

ただ、ここ2週間ほど、いわゆる生理前の時のように、下腹部が張って
なんとなく痛みを感じるような感覚があって
婦人科検診の予約を取ったところだった。
それは、やっぱり生理の兆候だったのかもしれない。

もう、買うことはないのかなと漠然と思っていた生理用ナプキンを買いに行った。
以前買おいていたものは、震災の時被災地に送ってしまったのだ。
見慣れたパッケージの並びに、私が初めて見るものもある。
あまりに久しぶりだったので、棚の前でいろいろと観察してしまった。

生理が戻って来た時、覚えた感情は、嬉しさと安心だった。
病気のことを考えて不安になったのはその後だった。
結構シビアな抗がん剤の点滴を、リミットまで回数を重ねたから
もうたぶん生理は戻って来ないと思っていたのだ。
パクリタキセルの副作用のしびれがきつくなってきて
先生も「もうこの辺でストップしてもいいですが」といったけれど
どうしても12回点滴を受けたくて、そうお願いした。
あんなふうに体中影響が出ているんだったら
そりゃあ婦人科系にも影響があるでしょうよ、と体で納得していた。

だから、驚いたのだ。
足のしびれがなくなり、むくみもとれ、あまりはかないけどハイヒールもまたはけるようになった。
そんな風に、子宮や、そこに指令を出すようなホルモン系なんかも元気に復活したんだ。
病気のことを考えれば、たぶんまた止めることになるのだろうけれど、
体もほんとに頑張って、健やかになろうとしているんだ。

不安だったり、焦ったり、恨み言を言ったりしながらなんとか進んでいる自分が気付かない内に
体の内側も、すごく頑張っている。

とにかく、ドクターには相談をしなくてはいけない。

私の場合は術前化学療法からずっと生理が止まっていたので
ホルモン療法に移った時も、生理が戻ってくるまではタスオミンのみ
戻って来たらおそらく注射もということだったので。

この体と生きていく。
休める時はしっかり休んで、この体と生きていこう。
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by reeelax | 2011-06-28 11:48 | 術後治療 | Comments(8)

知らない人と

金曜日は、落ち着いて仕事をこなすことができた。

一瞬業務がかさなりばたばたとしたけれども
無理にこなすのではなく、できないことはできないままにしていたら
当然のように別の人にそれを拾ってもらったり

ちょっと得意な仕事をふられて、体が覚えている感じがとても嬉しかったり

失敗もしたけれども、知らないのは当たり前のことだったので
きっちり反省した後は自分をせめすぎることもなく

割とありのままの自分を、飾り立てずに職場の人に見てもらうことができたような気がして
あ、これでいいのかもという小さな満足感を持って
職場を後にした。

少し気持ちが高ぶっていたので
小さなカフェに入り、ここはお茶でもジュースでもなく、一杯飲むことにした。

カラフルな野菜のタパスと、冷たく透明なお酒。
祝杯なのかもしれない。
週末の華やいだ雰囲気の中、おひとりさまの女性もちらほらいて
小さな席で思い思いに自分の時間を過ごしている。
私も、返信を忘れていたメールを返しながらちょっとくつろぐ。

あともう少しでグラスが空くという時になって
女性の2人連れが入ってきた。
50代くらいだろうか、仲の好さそうな2人。
店内は満席だったので、私はちょっと急いで飲み干して
店員さんに片手を上げる。
お会計を済ませていると、入口の女性たちが話しかけてきた。
「悪いわね、追い出しちゃうみたいで」「いいえいいえ」「どうもありがとうね」
そして、店員さんも「申し訳ありません」「いえいえ、長居するつもりもなかったので」
と皆で笑顔を交わした。

改札に向かいながら、私は何と言っていいかわからない感情に胸が熱くなってしまった。
この、なんでもない、取るに足らないやり取り。
知らない人と交わす笑顔。
社会という大きな人の流れに私も戻ってきたという気持ち。

それは別に、偉いとか、達成したとかそういうことではなくて、
告知を受けたことにより、自分が望むと望まざるに関係なく
ある意味ばっさりと断ち切らざるを得なかった
「慣れ親しんだ、以前の立ち位置」に戻ってきた懐かしさなんだと思う。
今まで、断ち切ったことは、できるだけ考えないようにしてきた。
長期の治療を受け入れ、
少しでも思い出さないように、「告知以前」につながる持ち物は容赦なく捨てたりもした。

ここから、また始まるんだな。
大きな人の流れにのって、
知らない人と取るに足らない言葉を交わしながら
私の小さな日常を
泳いで行こう。
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by reeelax | 2011-06-19 22:43 | 治療後②アルバイト | Comments(4)

語りなおしのプロセスとは

哲学者の鷲田清一さんが書いた文章を読んだ。
震災から3か月ということで書かれたものが朝日新聞の記事になっていた。

昨日みたいな気持ちになった時にも、なんだか納得できる内容で
特に気に入った所を抜粋して残しておこうと思う。


*****

 子に先立たれた人、回復不能な重い病に侵された人、事業に失敗した人、職を失った人……。かれらがそうした理不尽な事実、納得しがたい事実をまぎれもないこととして受け容(い)れるためには、自分をこれまで編んできた物語を別なかたちで語りなおさなければならない。人生においては、そういう語りなおしが幾度も強いられる。そこでは過去の記憶ですら、語りなおされざるをえない。その意味で、これまでのわたしから別のわたしへの移行は、文字どおり命懸けである。このたびの震災で、親や子をなくし、家や職を失った人びとは、こうした語りのゼロ点に、否応(いやおう)もなく差し戻された。

 こうした語りなおしのプロセスは、もちろん人それぞれに異なっている。そしてその物語は、その人みずからが語りきらなければならない。戦後六十数年経っても、戦争で受けた傷、大切なだれかに死なれた事実をまだ受け容れられていない人がいるように、語りなおしのプロセスは、とてつもなく長いものになるかもしれない。

 語りなおしは苦しいプロセスである。そもそも人はほんとうに苦しいときは押し黙る。記憶を反芻(はんすう)することで、傷にさらに塩をまぶすようなことはしたくないからだ。あの人が逝って自分が生き残ったのはなぜか、そういう問いにはたぶん答えがないと知っているから、つい問いを抑え込んでしまう。だれかの前でようやっと口を開いても、体験していない人に言ってもわかるはずがないと口ごもってしまうし、こんな言葉でちゃんと伝わっているのだろうかと、一語一語、感触を確かめながらしか話せないから、語りは往々にして途切れがちになる……。

 語りなおすというのは、自分の苦しみへの関係を変えようとすることだ。だから当事者みずからが語りきらねばならない。が、これはひどく苦しい過程なので、できればよき聞き役が要る。マラソンの伴走者のような。

 けれども、語りなおしは沈黙をはさんで訥々(とつとつ)としかなされないために、聴く者はひたすら待つということに耐えられず、つい言葉を迎えにゆく。「あなたが言いたいのはこういうことじゃないの?」と。言葉を呑み込みかけているときに、すらすらとした言葉を向けられれば、だれしもそれに飛びついてしまう。他人がかわりに編むその物語が一条の光のように感じられてそれに乗る。自分でとぎれとぎれに言葉を紡ぎだす苦しい時をまたぎ越して。こうして、みずから語りきるはずのそのプロセスが横取りされてしまう。言葉がこぼれ落ちるのを待ち、しかと受け取るはずの者の、その前のめりの聴き方が、やっと出かけた言葉を逸(そ)らせてしまうのだ。聴くというのは、思うほどたやすいことではない。

*2011.6.11朝日新聞朝刊 一部抜粋

全体を書き写したと思われるものがこちらにありました。
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by reeelax | 2011-06-14 09:38 | 覚えておきたいこと | Comments(0)

心の中

今日は仕事があったのだが
なんだか冴えない気分だった。

ホルモン治療のせいなのか
一連の治療で体力が落ちた疲れのせいなのか
病気のことで必要以上に被害妄想的な感じになっているのか
少しのことでいらいらとしてしまい
ふつふつと湧いてくるネガティブな感情を抑えて
淡々と業務を行うことがとても難しく感じる一日だった。

毎日、パーフェクトな内容の生活なんてありえなくて
たまには仕事で落ち込むこともありなのだから
こういう日もあっていいのだけれど。

何かの拍子に、
上手く行かないことのすべてを
病気になったせいだ・・・と思ってしまい
なんだかとてつもなく大事なものを「失ってしまった」ように感じ
悔しくて悔しくて仕方がなくなる。

それからそんな自分が情けなくもなる。
涙もちょっと出る。

治療も効果があって
手術もうまく行った。
髪の毛も戻ってきて
痛い所なんてどこもない。
応援してくれる家族も大事な人もいて
家は暖かく、食べるものも心配しなくていい。
職もあり、買い物を楽しむ余裕もある。

以前の自分が一度はあきらめた生活を送っているというのに
何をそんなに悔しがっているのだろう私は。
どうして悔しいと思ってしまうのだろうこんなに強く。

わからない。

わからないけど、やっぱり健康な人の世界に戻れば
あくまでアシスタント的な立場の自分が
単純に面白くないんだろう。
ああ、ふてくされてるのか。。。
いったい私、いくつだ。
どこまで過剰な自意識なんだろう。
恰好悪い・・・


一度お金持ちの生活を経験してしまうと
収入が下がっても生活のレベルを落とすことができない
という例えを聞いたことがあるけれど
なんだかそれに似ているのかもなあと苦笑いする。


病気を経験した自分は、違う価値観で生きていくんだーと思っているのに
それを表沙汰にするつもりなく社会生活を送ろうとしているから
やっぱりギャップが苦しいのかもしれない。


いらいらした気持ちを抱える自分を知って
「やっぱり正社員に挑戦するべきだったのかな?」という迷いと
「こんな小さなことでいらいらしちゃうのが今の自分なら、正社員はやっぱり無理かも」」
という思いが
頭の中でぐるぐると回った。


まあ今日は、きっと疲れているんだ。
こういう時は、熱いシャワーを浴びて
ふかふかのベッドで
ゆっくり休むに限る。

焦るな自分。完璧じゃなくていいと、自分に言い聞かせよう。
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by reeelax | 2011-06-14 00:09 | 治療後②アルバイト | Comments(2)

新しい仕事

治療後、1年ほど続けたアルバイトを辞めることにした。

入れ替わりのように、別の仕事が見つかった。幸運だった。
仕事が決まらなければこの夏はのんびりしようと思っていたけれど
今までの経験を買ってくれた方があり
パートタイムだけれど、より規則的な出勤になる。

アルバイトを辞めたあとは
フルタイムの仕事に戻ることも考えて、面接を受けに行ったりもした。
でも、どうしても気持ちが上がらないことに気付いた。

働くことについて「フルタイム」か「パートタイム」なのかという選択肢に
とまどっているような自分もいて随分迷った。
何というか、どうせある程度働かなくてはならないのなら
フルタイムの方が責任も、待遇も勝る。
今なら、履歴書に「穴」が空いていないので
あまり怪しまれずにフルタイムに戻り、いわゆるキャリアをもう一度積み上げることができる。
年齢的にも、中堅どころとしてぎりぎり見てもらえる。
そうアドバイスをくれた方もいた。

でも、なんだか今は、「ちょっとがんばる」をしない選択をしたら
どうなるのかなあと思ってしまった。

暑いさなかに、ビジネス仕様のいでたちでホットフラッシュを我慢するような瞬間や
術側の手でパソコンを持ち歩いて移動すること
そんなことが今の私にはまだしんどい。「小さなこと」と片付けられない。

職場での地位?や、周りからの評価や、充実感は確かに私の大切な一部だったけれど
それよりも、明日のプレゼンにハラハラしながら寝付かれない夜を過ごしたり
疲れて帰って来ても出張の荷造りをして、成田エクスプレスにダッシュするような
アドレナリンいっぱいの日常より
今は穏やかな繰り返しの日々に身を置きたかった。
結局それが私の正直な全てだった。

ラッシュアワーを避けた通勤、
まだ体力が残っている内に寄り道しながらゆっくり帰る。
おかずを買って、夕食をつくって、ゆっくりお風呂に入って寝る。
待遇は保障されていないけど、休みは保障されていて
電話やメールに追いかけられることもない。
頼まれる仕事は簡単すぎず難しすぎず、
自分のちっぽけな専門も生かすことができて、
勉強のしがいもあるし有難いことだと思う。
職場の方も年齢が近く、落ち着いた雰囲気なので
前の職場で年の離れた若い方たちの中にいたときより
自分らしくいられる気がした。

今回の選択は、災害があったことも関係しているかもしれない。
病気だけでなく、色々な理由で人生に影響を受けてしまうんだと
改めて思った。
だったら、面白そうと思うことをやってみようと思った。
変な話、もし病気にならなかったら、待遇が不安定なことなどがネックになって
絶対に選択しなかっただろう道だから。

病気で軌道がぶれたからと言って
元の道に戻るだけが、正しい進み方ではないはず。
今までだって、ここでそう書いていたこともあったけど
今回初めてそれを実感できたかもしれない。
自分にとっての、いちばん心地よいやり方がこれなんだなあと思う。

部屋の、開け放した窓から
あまり上手でないバイオリンが聞こえてくる。
自分もいつか練習したその曲に
子供用の小さなバイオリンを思い出す。
友達の妹のものだったけど本当におもちゃのようだったなと懐かしい気持ちになった。
64分の1、だったかな?
ゆらゆらと薄いカーテンが風になびいて
梅雨時の空が白っぽい。

今の私には、こういう時間がたくさん必要。
今はゆっくりと生きて、その中で出会うことを大切にしていこう。
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by reeelax | 2011-06-07 13:23 | 治療後②アルバイト | Comments(6)

歯医者通い

知覚過敏が進行してしまい、
歯医者さんに行ったら
いろいろ治すところを見つけられてしまって
思い切って一気に治すことにした。

抗がん剤と虫歯の関係はちょっと気になっていて・・・
化学療法中の感染症
http://www.gsic.jp/measure/me_03/01/02.html

あまりネガティブになりたくはないが
ここは私のブログだから書くけれども
もしも再発して、抗がん剤での治療を再開するということになったら
またしばらく歯医者は避けたい気持ちになるだろうと思ってしまった。

古いつめものを取り替えたり、
知覚過敏用の薬を塗ってもらったり
何度も歯医者さんへ通うのは面倒だけれど気分はいい。

歯医者さんへの道のりには
大きな庭のお宅があり、色とりどりの小さな花々がナチュラルガーデン風に植えてある横を
通って行く。
背の高いバラの木もあって、柔らかいパステルピンクの大きなバラがたくさん咲いている。
これがちょっとした楽しみだった。
今はベランダガーデンはお休みにしているから。
手入れをしている人の姿を見たことはないけれど
どんな人なんだろう。

親知らずを抜いたりもしたので
痛みで遠出をする気にもあまりなれなく
もともと計画していたことはそれほど達成できなかったけれど
体のケアを優先できた自分、これはこれでよしとしようかな。
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by reeelax | 2011-06-02 12:36 | 日々のこと | Comments(6)

34歳 シングル 始まりは乳がんstageⅢC。術前化学療法・部分切除・放射線治療・術後ハーセプチンまで終了。現在ホルモン療法中。自分の心と体を大事な友人のように扱いながら治療の日々を過ごしてきました。


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