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術後2年検診

術後2年検診がやってきた。
ひとつの区切りと思って目指して来た場所。

メニューは
骨シンチ/マンモ/レントゲン/エコー/採血

骨シンチの検査を受ける場所は、大きく放射能の表示がついているドアを抜けた向こうだ。
一体何度、こういう検査を受けたことやらと思うと不思議な気持ちになった。

マンモは、前回術側には少し痛みがあったので
今回とても緊張していたが、
予想に反してそこまでの痛みはなく
スムーズに進んだ。

今回意外と苦戦したのは採血だった。
新しい看護師さんは血管を捜している内にギブアップ
ベテランの看護師さんも苦戦。
そのうち気分まで悪くなってきて、ベッドに横になりながら何度かトライしてもらった。
結局手の甲から採血をすることになったけれども
予定していた量の血が取れなかった。
採血やりなおしかとがっかりしていたところ
看護師さんが分析担当の方と確認を取りに行ってくれ、現状の量でOKとのことだった。

この2年間、自分に負担を与えないように
休むことと楽しいことをして過ごして来たと思う。
でも、自分ではコントロールできない病気だということは片時も忘れられずに過ごして来た。

これでよかったと思う。
明るい朝日が差し込んでいる病院、私はここの広いロビーが結構好みだ。
いつも光を感じさせてくれるから。
今まで、目の前だけを見て、感謝して
あまり遠くの未来にはあまり希望を持たないようにと
じいっと過ごして来た。
でも、手術からもうすぐ2年が経つ。
私にはとても長い時間が経ったように思えて
ちょっとぽかんとしたような気持ちだ。

ホットフラッシュ以外、私の体にはほとんど不調がない。
術側の不都合なく動くし、傷跡も薄い。
わきの下のリンパをとった傷は、しわと同化してしまった。
エコーをしてくれた女性の技師さんが、わきの下の傷に気付かず
「リンパは切除していないんですね」と言われた程だ。
私が訂正するとあわててカルテを見直すくらい。
放射線の後も残らず、以前の肌が戻っている。
手触りに多少の固さが残っているけどむくみも取れた。
新しい髪の毛も、風になびくほどになった。

心も、随分回復した。心が、二本足でちゃんと立てている気がする。



どんな結果が出るとしても、受け止められるようにと
自分の心をなだめながら過ごしている。
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by reeelax | 2011-04-27 09:24 | 術後検査のこと

対等であること

災害のことがあったり、大切な病友を送ることになったりして
ちょっと下向きになっていました。
たくさんの情報が溢れ、色々な考え方を見て
私はどんな言葉を発すればよいのか分からなくなっていました。


それでもそんな情報の濁流が落ち着いてなお
上澄みのように
私の考えがたどり着くのは生き方のことです。

人は、各自自分のストーリーしか生きられないということです。
同じだけの情報があって、基準が与えられたとしても、
情報の役割とはそこまでなんだと思います。

ひとりひとりが背負っている事情が違えば、選択肢は変わってくるし
誰もが自分のストーリーを全部公開する必要がないと考えていると思うので
何が一番幸せなのかというのは、結局当人しか判断ができないということです。
だから他人がその領域に近づく時には
対等な関係性を保って接していくことが大事なんだろうと私は考えています。
知識の量、情報の質、置かれている立場が異なったとしても
人と人のスタンスは、それぞれの命の重さにおいて、対等なんじゃないかと思います。


私は学生時代に尊厳死や生命倫理を扱ったゼミを取ったことがあり
未熟ながらも数年単位でそのことについて考える機会がありました。
また、父ががんで闘病をし、残念な治療結果の後亡くなるまでを見届ける機会があり
さらに自分が30代の前半で乳がんの治療をフルコースで受けるという体験をして、
防ぎようのない、時には選択の余地のない環境にありながらも
過ごし方を探る中で、生き方とは本当に人それぞれなのだと思いました。
お互いを思いやるのは大事だけれど
生き方の選択は、助け合って行う性質のものではないのではないかと
私は自分の経験を通して考えるようになりました。あくまで私の考えです。


ですから、他の多くの人と同じ行動をしていれば安心だという
「集団同調性バイアス」と呼ばれる心理状態に陥ることには
特に気をつけるようにしていたと思います。私は自分で生き方を決めて行きたかったからです。


話が支離滅裂になってしまいましたが、
何でこんなことを書いているかというと
災害の被害を受けている方々に対し
「善意」という言葉を振りかざしていれば、
何でもコントロールできると勘違いしている人の発言を
ネットで拾ってしまったりして、ああ、人の領域を侵害しているなあと残念に思ったからです。

被害を受けた方はとても困っているし疲れているし、大変な状態にあるけれども
同じ人間です。
だから、施しを行う側と受ける側みたいなそういうスタンスの取り方は間違いだと思う。

対等性を崩さない関係の築き方はとても大事なんだと思います。
私の自治体にも、被害に合われた地域から移って来た方々がいます。
家族を失くされたこと、持ち物を全てなくしたこと、土地さえ水の下にという
想像を絶する体験をされた方たち。
後悔がないわけがない。自分を責めていないわけがない。怒りがないわけない。
溢れてきそうな気持ちをじっとせき止めているので精一杯のはず。
それでも今日という日を過ごして行くしか選択肢がないのです。

そんな方たちに対して
同じ情報を届けるにしても、もっとやり方があるだろうに。
余裕のある側が、自分の感情をそのままぶつけてどうする。
自分のエゴを満たしているだけです。
そこからは何も生まれません。私ならもっと別のやり方を考えます。
相手のことを思うからこそ、そっと届くように気をつけます。

命の重さは対等だし、
自分の目の前にいる相手がどんなストーリーを背負っているのかなんて
実際は全てはわからないのです。結局。
だからこそ、精一杯対等に、思いやりを持って接したい。
そういう謙虚さをもって、人との関係を築いて行きたいと思ってます。

今私はそんなことを考えています。
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by reeelax | 2011-04-17 21:31 | 日々のこと

34歳 シングル 始まりは乳がんstageⅢC。術前化学療法・部分切除・放射線治療・術後ハーセプチンまで終了。現在ホルモン療法中。自分の心と体を大事な友人のように扱いながら治療の日々を過ごしてきました。


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