カテゴリ:術後検査のこと( 3 )

検診結果と

2年検診の結果はクリアだった。

骨シンチ
レントゲン
マンモ
エコー
血液検査(含 腫瘍マーカ)

待っている間は緊張が続いていたけれど
それを聞いてほっとした。
また、一歩前に進める。

だからと言って、いきなり全てに意欲的な人間に変わるわけでもなく
ちょっとした春物を買って
嬉しい気分を家に持ち帰った。
艶のあるリボン生地や、春らしいコットンのレースが使われた
軽いトップス。

小さな光がたくさんあつまった
ビーズのアクセサリーも買った。

これを身につけて、またゆっくり、自分の人生を歩いて行こう。
そんな気持ちだった。

2年検診が大丈夫だったことをきっかけにして、
アルバイトを辞めることにした。

正社員であれば、そんなに簡単にいかなない。
もっともらしい理由や、次の勤務先なんかをきっちり決め込んでから
次に動くわけだけれど。

およそ一年くらい前からのアルバイト、
始めたころは、体力的にもまったく自信がなくて
務まらなければ辞めるしかないという考えで始めた。

ぺたんこの靴を履いて、
通勤して、
おそろしくゆっくりと、その分丁寧に働いて
自分の意見などを持つ余裕や意欲もなく
ランチだけはちょっと贅沢してリラックスして、
そして何とかふんわりと場になじんで
大人しく1日過ごして
また電車に乗ってアイポッドで音楽を聴きながら帰る。
それで精一杯だったけど、
夜、疲れて眠るときには幸せで心がぽっと温かく満たされた。

それから一年
最近はおこがましくも物足りないようなそんな気持ちになっていた。
正社員へのお誘いも、何度かいただいた。
この厳しい経済状況の中、本当にありがたいことだったけれど
だからこそ、ちゃんと仕切りなおして
新しいステップに踏み出した方がいいのかなあと考えるようになった。

以前に勤めていた会社から話があったことも
この間ブログに書いたけれど
その後も、何度か、別のプロジェクトが立ち上がる度に声をかけていただいた。
(もちろん、待遇は以前とは違うし、
顔見知りの中で働く安心感と共に、なんと言うか恥ずかしさのようなものと
背中合わせだという現実もある。)

本当に、自分は幸運だと思ったし、
忘れずにいてくれた元同僚や上司たちに感謝の気持ちもあったけれど
何も考えずに、用意された場所に流れてしまって本当に良いのかと迷い
どうしてもお誘いを受けられなかった。

今までの職歴を評価してもらったり、
職場でのがんばりを評価してもらったりしたことに対しては
本当に嬉しかった。
どんな形でも、何か認めてもらうというのは元気が出る。

それは確かだけれども、
治療を受けて、色々、色々考えることがあって
今の私の新しい価値観がある。
身軽な私だからこそ、新しい自分にあった生き方を
もうちょっと探してみてもいいんじゃないかという気持ちの方が強かった。

それが許されている環境があるのだから、今くらい、それに甘えて。
何というか、命が終わる時に、
「私、妥協しなかったな、面白かった。」
って言えるように、少し勇気を出そうと思ったのだ。そう。勇気。
私はとにかく慎重派だと友達に笑われて来たのだけど、
それは勇気がないということだと自分では分かっていた。
長い人生を生きるにはそういう慎重さも結構大事だと思っていたけれど
今となっては何が起こるかわからないし、突然その時が来るんだと、思っているから。

だから、先が決まっていなくても、アルバイト先を辞めるという
くだらないけれど
今までの私なら絶対にやらないことを、一度やってみることにした。
前の仕事から離れて、随分経っているので、全てがゼロになった気がしていたのだけど
再び声をかけてもらったことで、
ある一定のプロとして見てもらえる実績が、
私にはあるんだったのかなと見直すきっかけをもらえた。

ここから先は少し出来すぎているのだけれど
本当に辞めるということになったら
全然別の所から、仕事の声がかかったり
思いがけない新しい選択肢の情報を得て、考えるきっかけになったりして
この2、3日ばたばたと動き出して、
思わず目を閉じて「良かった」と息をついた。
必死になりすぎず、この新しい波に乗りたいと思う。
以前の価値観じゃなく、新しい価値観で生きていけるような何かを掴みたい。

同じ病気の方の生き方について
私が得る情報の限りなのだけれど
既にご家庭があったり、子育て真っ最中だったりと
ある程度決まった環境がある方が多く、
治療が追わればそこに戻って行くようなことが多い印象を受ける。
また、ある程度早期に仕事に戻る方は
やはり抗がん剤の治療が私より短期間で、薬剤もライトな方が
多い傾向があると感じた。気のせいかもしれないけど。

私はそのどちらでもないから
これから、ちゃんと作っていかなくちゃ。
ここで、ずっと社会に出ず、静かな生き方を選ぶ人も居るだろうと思う。
ただ私は、何かの形で仕事による充実感と、対価を得たい。
ちゃんと探そう。
用意された道じゃなく、自分で好きだと思う道をもうちょっと探してみよう。

まだ、あきらめない。
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by reeelax | 2011-05-11 13:18 | 術後検査のこと | Comments(18)

術後2年検診

術後2年検診がやってきた。
ひとつの区切りと思って目指して来た場所。

メニューは
骨シンチ/マンモ/レントゲン/エコー/採血

骨シンチの検査を受ける場所は、大きく放射能の表示がついているドアを抜けた向こうだ。
一体何度、こういう検査を受けたことやらと思うと不思議な気持ちになった。

マンモは、前回術側には少し痛みがあったので
今回とても緊張していたが、
予想に反してそこまでの痛みはなく
スムーズに進んだ。

今回意外と苦戦したのは採血だった。
新しい看護師さんは血管を捜している内にギブアップ
ベテランの看護師さんも苦戦。
そのうち気分まで悪くなってきて、ベッドに横になりながら何度かトライしてもらった。
結局手の甲から採血をすることになったけれども
予定していた量の血が取れなかった。
採血やりなおしかとがっかりしていたところ
看護師さんが分析担当の方と確認を取りに行ってくれ、現状の量でOKとのことだった。

この2年間、自分に負担を与えないように
休むことと楽しいことをして過ごして来たと思う。
でも、自分ではコントロールできない病気だということは片時も忘れられずに過ごして来た。

これでよかったと思う。
明るい朝日が差し込んでいる病院、私はここの広いロビーが結構好みだ。
いつも光を感じさせてくれるから。
今まで、目の前だけを見て、感謝して
あまり遠くの未来にはあまり希望を持たないようにと
じいっと過ごして来た。
でも、手術からもうすぐ2年が経つ。
私にはとても長い時間が経ったように思えて
ちょっとぽかんとしたような気持ちだ。

ホットフラッシュ以外、私の体にはほとんど不調がない。
術側の不都合なく動くし、傷跡も薄い。
わきの下のリンパをとった傷は、しわと同化してしまった。
エコーをしてくれた女性の技師さんが、わきの下の傷に気付かず
「リンパは切除していないんですね」と言われた程だ。
私が訂正するとあわててカルテを見直すくらい。
放射線の後も残らず、以前の肌が戻っている。
手触りに多少の固さが残っているけどむくみも取れた。
新しい髪の毛も、風になびくほどになった。

心も、随分回復した。心が、二本足でちゃんと立てている気がする。



どんな結果が出るとしても、受け止められるようにと
自分の心をなだめながら過ごしている。
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by reeelax | 2011-04-27 09:24 | 術後検査のこと | Comments(6)

術後1年検診クリア

先日の術後1年検診の内容は

●両胸のマンモ
●エコー
●腫瘍マーカー

で、どれも問題なしだった。
腫瘍マーカーは2種類とっていて、
どちらも基準値内の限りなくゼロに近い数値。
手術前、抗がん剤終了直後にとった腫瘍マーカーも基準値内だったけれど
それよりもさらに下がっていたことは
自分にとって「何か目に見える成果」であり、ほっとした。


実は4月後半に風邪をひいて、8度7分を頂点に熱がずっと下がらず
かなりひどい咳に悩まされていた。
抗生物質をのんだり、咳止めを飲んでも4週間以上咳がつづいていて
アルバイト先でものど飴が手放せない状態。

放射線の後遺症の肺炎か
もしくは肺へ転移をしたのではと心配になった。
病院にも電話をし、放射線科と外科のドクターから
風邪が治っても咳が続くようならば肺のレントゲンを撮るという判断をもらっていたが
5週目を境に咳は収まり、熱も下がったので
検査はしていない。

タスオミンは、たまに飲み忘れるけれども
ほぼ毎日飲めていて
相変わらず生理は戻って来ないので
リュープリンの注射は、生理が戻り次第ということを
ドクターと再確認。

体重が結構増えてしまったことが少し心配。
太ると、リンパ浮のリスクが上がるので
食生活を改めて見直すことに。
アルバイトなどで忙しいと、つい外食や出来合いのものに頼ってしまう。
洗ってすぐ食べられる野菜や、お豆腐を常備しておかなくては。


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by reeelax | 2010-06-07 12:01 | 術後検査のこと | Comments(0)

34歳 シングル 始まりは乳がんstageⅢC。術前化学療法・部分切除・放射線治療・術後ハーセプチンまで終了。現在ホルモン療法中。自分の心と体を大事な友人のように扱いながら治療の日々を過ごしてきました。


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