乳がん治療スケジュール 私の場合

私は診断を受けた時点で「局所進行乳がん」でしたが
術前化学療法により病理学的完全奏功を得ました。
手術により取り出した組織に、顕微鏡レベルでもがん細胞が見つからないほど
術前化学療法に効果がありました。

針生検(注射のようなもので組織を吸引します)の結果、
胸のしこりのほかに、
同じ側のわきの下のリンパ節と、鎖骨の上下のリンパ節に転移が認められました。
骨やその他の臓器にはまだ転移がみつかっていません。

乳がんのステージで言うと3Cです。
しこりが6cmと大きいため、すぐ手術ではなく
抗がん剤でなるべくしこりを小さくしてからということになりました。

その方が体への負担も小さいですし、
しこりが大きく育っていた間に
リンパにのって既に全身へ飛び散っているであろう小さながん細胞をたたいて
他の臓器への転移や、再発のリスクを下げる、という目的です。

(理論的には、しこりがこのサイズに育つには
10年位経っていることになるそうなのでもうびっくり。
そんな時から私の体に生まれていたなんて、もう仕方がないですよね。
病院で先生が教えてくれたその一言で、
過去の生活習慣やら、激務を悔やんだりする気がなくなってしまいました。
10年前なんて社会に出たてですもの・・・)

今は次のようなスケジュールで治療をしています。
青字が現在私の進んでいる場所です。

*検査 (針生検査・超音波・MRI・骨シンチ)

*術前化学療法6ヶ月

AC療法3ヶ月(3週間に一度の点滴×4回)
ウイークリータキソール3ヶ月(週に一度の点滴を3週間+1週間の休みを繰り返して計12回)
タキソール9回目からハーセプチンを併用。 
2009年4月7日にタキソール全12回終了。
手術までの間、ハーセプチンを週一回ずつ点滴。

*検査 (化学療法でどれくらい変化があったか。超音波とMRI)

*手術 入院は週末も含め13日間
 (乳房のしこりは消え、瘢痕のみになったので部分切除(いわゆる"温存"))
 (右わきの下のリンパ節はレベル2まで郭清)


*退院直後から傷口が開いてしまい、通院にて処置中


*病理の結果は断端陰性。
 胸、わきの下のリンパともに生きているがん細胞は顕微鏡レベルでもひとつも見つかりませんでした。
 抗がん剤がよく効いた模様。
 
*術後ハーセプチン再開。
 (ハーセプチンのトータル投与期間が、術前術後あわせて1年間になる期間だけ。)
→2010年5月終了。


*術後ハーセプチン再開と共にホルモン療法開始。 
 タスオミン(タモキシフェン)の錠剤を毎日一錠。
 当初5年間の予定を延長し、おそらく10年とすることに。(追跡調査の結果を参考にする)

現在7年経過。


*傷口の再縫合を予定していたが、自力での回復のペースが良いため
 自然に塞がるのを待つことに。
 処置のために定期的に通院中。→無事塞がり、放射線へ


* 放射線50グレイ
1週間に5日×5週間。
術側の胸・鎖骨エリア・術側の胸の乳腺と、健側の胸の乳腺が隣接しているため、健側の胸の内側も。
直後は赤く日焼けのようになりましたが、放射線後半年経った現在は色素沈着などはなく、
健側と同じ見た目に戻っています。

* 婦人科検診(体がん、頸がん、内診、卵巣エコー)は今の所問題なし

*術後2年程で、生理様の6日間の出血を確認。術前化学療法で生理が停止してから2年6か月振り。
 タスオミンは、ほぼ飲み忘れなく毎日服用していた。
 女性ホルモン値の検査を予定中。

*術後5年の10月、生理様の約5日間の出血を確認。


今まで大きな病気をほとんどしたことがなかったので、
術前化学療法6ヶ月、と知った時点で既にクラァーっと来ました。
仕事のことも、経済的なことも本当に不安で一杯でした。
その時のことについてはあらためて書こうと思いますが、
とにかく私は、抗がん剤を信じて、自分の体をたくさん休ませてあげることにしました。

直後のAC療法の副作用が私は重い方で、
毎回1週間は寝込んだり休んでいることしかできませんでした。
その後、次の点滴までの2週間も
歩いたり乗り物に乗れば吐き気があり、
重度の息切れで、階段を数段上がるのも這うようにしてという具合でしたので
私の場合は即座の休職を選んでよかったと思いました。


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by reeelax | 2009-01-14 19:25 | 治療スケジュール

34歳 シングル 始まりは乳がんstageⅢC。術前化学療法・部分切除・放射線治療・術後ハーセプチンまで終了。現在ホルモン療法中。自分の心と体を大事な友人のように扱いながら治療の日々を過ごしてきました。


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